気まぐれにロマンティックしていたい

言葉だけじゃ伝わらない 思いだけじゃ届かない

さよならドビュッシー

中山七里さん作、「さよならドビュッシー」。

本作は、「第8回このミステリーがすごい!大賞」大賞受賞作品である。これが2009年のことであって、今は2015年である。しかし今更ながら読んですっかり物語の世界観に飲み込まれた一読者の拙い感想を聞いてほしい。

まず本作の簡単なあらすじとして、本書の最後で解説をしている大森望さんの文から引用させて頂く。

 

あたしは、名古屋の資産家を祖父に持つ十六歳の少女。仲のいい従姉妹とピアノの練習に励む幸福な日々は、ある晩とつぜん終わりを迎える。屋敷が火災に見舞われ、同居していた祖父と従姉妹は焼死。あたしは全身に大火傷を負う。Ⅲ度熱傷が体表の三十四パーセントにまで及び、ふつうなら命も助からないところだが、死の淵から奇跡的に生還。高度な皮膚移植手術と激しいリハビリにより、なんとか出歩けるところまで恢復する。

だがほんとうの試練はそこから。満足に指も動かせないのに、どうしてもピアニストの道を目指さざるを得ない立場に追い込まれたあたしの壮絶な戦いがはじまる……。

 

なんとも良くできているあらすじだ。

主人公は資産家の祖父を持つ十六歳の少女、香月遥。他にも、遥と同い年で両親を災害で亡くした従姉妹のルシア、面倒見がよく娘のピアニストになる夢を誰よりも応援している遥の母、破たんを噂されている銀行の支店長の遥の父、定職に就かずフラフラしている研三叔父さん、頑固者の玄太郎お爺ちゃんの六人で暮らしている。

他の登場人物は、玄太郎お爺ちゃんのお世話をしている介護士のみちこさん、ピアノ講師の鬼塚先生、学校の担任や校長先生、いじめっ子たち。そして、新鋭のピアニストでありながら洞察力と推理力に長けた岬洋介。

タイトルをみて、ピアニストを夢見た少女が思いがけない事故に遭うも、苦境を乗り越えてまたピアニストを目指す、そんな音楽青春小説だと思う人も多いだろう。

しかし、それだけではいない。音楽青春小説でありながら、しっかりとしたミステリーである。忘れちゃいけない、本作は「このミステリーがすごい!大賞」大賞受賞作品なのだ。

 

私がこの本を手に取ったのは半年以上も前の事。場所は古本屋。安売りしている商品の棚にこの本はあった。なんとなくタイトルを聞いたことがあったので、どんな本なのか気になったのだ。

本は好きだが、集中力があまり持続しないせいか一作品読むのにいつも時間を要してしまう。かといって記憶力もあまりなく、暇な時間を使って少しずつ読もうと思っても前にどこまで読んだのか、ここまでどんな流れだったのか忘れてしまうことが多く途中で読むのを挫折したことも何度もある。

手に取ったものの、躊躇した。中古でしかも安売りされている、とはいえどもタダな訳でもない。普段ジャニーズオタクとしてCDやらDVDやら雑誌やらと買っているしかもまだ学生の私には、たかが何百円が大きかった。

しかし、二つの言葉が私を惑わす。「ピアノ」と「ミステリー」。私の大好物だ。ピアノは習っていたとはとても言えないが、技術はされども好きで今でも趣味程度に弾いている。タイトルに出てくるドビュッシーがどんな人かはぴんとこなかったが、かの有名な「月の光」の作者だということはすぐにわかった。そして、小さい頃から親の影響で二時間サスペンスを見ていたせいかミステリーが好きだ。とは言ってもドラマを見るのがほとんどで本はあまり読まないが、それでも東川篤哉さんの作品は明るいタッチで読みやすく何冊か本を持っている。何十分も迷ったあげく、私は買うことに決めた。まあしかし、半年もの間本棚に眠ることになるのだが。

 

そんなこんなで半年もの間本棚にあった「さよならドビュッシー」を学校鞄に放り込んだのはつい一か月前くらいのこと。朝の時間が暇で仕方なく、何か時間を潰せるものとして選んだのが読書で、そして数少ない本の中からたまたま選んだのが「さよならドビュッシー」であった。ミステリーとはいえど、他の作品のように最初から何か事件が起きているわけではない。どこにでもありそうでない日常の話に、最初は少し退屈そうに読んでいた気がする。しかし、最初の事件が起きる。火災だ。

火災のシーンを読んだとき、あまりに表現が痛々しくて思わず本を閉じてしまった。わっと体に鳥肌が立ち、少し気分が悪くなってくる程に想像ができた。もう一回開いてなんとかあと何行を読み一章を終えたところで、本を閉じ鞄の中に投げ込んだ。

それから少しの間、恐怖で本を開くことができなかった。まだ序章にすぎない時点でこれから先読むのを怖がっていた。しかし、少し経つと恐怖は収まりやはりその先を読んでみたいという好奇心が出てくる。そして、また本を開いた。

それからは、少し痛々しい表現もあったが火災程のものはなかった。祖父と仲のいい従姉妹を失い、自分自身の体も失いかけた少女をひたすらに応援していた。素敵な講師とも出会い、またピアノと向き合いピアニストになる夢を見始めたとき、起こる不可解な出来事の数々。事故か、はたまた事件か?犯人もわからず、いつ誰が何をしようという恐怖と不安に襲われる。そんな中、有名なコンクールに推薦されることになり、岬洋介の怒涛のレッスンがはじまる。

ピアノを演奏するシーンでは壮大な音楽の表現を楽しめ、次々に怒る不可解な出来事にはどうして?誰が?とドキドキできる。まさに音楽青春小説とミステリーのいいとこどりだ。

完全な復活は出来ぬとも一生懸命練習して挑むコンクールの結果は、そして数々の不可解な出来事は一体何なのかその正体は…!?

 

とにかく、なんとも大胆なトリックだった。それこそ思わず驚いて口が開いてしまうような。そしてよく出来ていた。必ずもう一度読み返したくなる。えっこれ、実はこういう意味だったの?!そんな言葉もある。音楽青春小説としても、ミステリーとしてもとても楽しめ、読み応えがあり満足できる本だった。あの時手に取り買った私に、素敵な本と出会わせてくれたことに感謝する。映画もあるらしいということをついさっき知ったのだが、もし今度レンタルビデオ店に立ち寄った際には借りて観たいと思う。

個人的に好きなキャラクターは、本作におけるピアノの指導者であり探偵役でもある、岬洋介。この岬洋介は、中山七里さんの他の作品にも出てくるらしいので、今度はその作品を探して読んでみようかしら。もちろん、古本屋で!